皆様、あと少しで、ゴールデンウイークですね。
すっかり暗いご時世ですが、晴れてる日は家族で公園にでも出かけて、たまには空 ぼ~と眺めるのもいいですよ。
今回紹介する人物は、建築家 伊東豊雄とゆう男。
1970年代のオイルショックで、今と同じように世間の心が沈みがちな時代 自分たちだけの外部から閉ざされた小さくとも内なる空間にこそ 家族の理想が作れるのでは と、作ったのが姉の家。
1976年 中の本町の家

1984年 作ったのが自邸 なんとも正反対のオープンすぎるリビングの延長の中庭・・・スライド屋根で、まるで、テントの中。

1986年 横浜駅 地下街の煙突
パンチングメタルで、囲んで この美しさ
世間は、度肝を抜かれましたね。

更に、2001年 せんだいメディアテークでは、細いチューブの組み合わせの柱で、床を支え 全面ガラス張り・・・ついにここまで来ましたね。

まるで、大木のなかの公園ですね。
そんな、伊東さん3.11東日本震災後 仮設住宅群の近くに
【みんなの家】と題して他の建築家とともにみんなのみんなの集いの集会場を作った。
バラバラなりそうな住人が再度集まり、農業 漁業の再建を話し合い
時には、子供たちの遊び場として 自分たちで作るコミュニティの拠点となればと、提案し 形にしました。

その後、この みんなの家は、 熊本地震 能登地震と、震災後
全国の被災地に、計画され 引き続いてるそうです。
工務 笠原